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2009年3月

2009年3月27日 (金)

◎『枝雀のトラベル英会話』 1990年6月刊。

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 本はいろんな処に置かれるはずである。当然飾るためでなく読まれるものであるから、書架を離れ、また戻るにしても、途中では何気なくどこに置かれても不思議ではない。写真を構えて撮らなければ、あるいは観点を変えてみれば、本はまた違う貌を見せる。ということで、ごく卑近な風景のなかに置いてみる。こういう場面にふさわしい本といえば....。
 桂枝雀さんは昭和15年(1940年)神戸生まれ。昭和36年(1961年)に桂米朝さんに入門。神戸大学中退という経歴である。平成11年(1999年)、59才で亡くなった時、突然の訃報で驚いたが全国の落語ファンもショックだったろう。『枝雀のトラベル英会話』はその9年前の仕事になる。
 いきなりだが、この本の打ち上げは東梅田の「呉春」という飲み屋さんでやった。この店は料理も旨いが大阪池田の名酒[呉春]を出す。店の名もそのままである。二階の小さい座敷で枝雀さんを囲んで、創元社編集者の原章さんや落語作家の小佐田定雄さんら4,5人の小宴だった。枝雀さんは最初から麦酒じゃなく[呉春]をコップでぐいぐい飲ルのだったがこりゃあホンマもんの呑んべいだなあと感心したことを思い出す。ぼくは枝雀さんのTVレギュラー番組をよく観ていたしニューヨークで高座をもったりして英語落語の新分野に挑まれていたことも知っていた。でも落語家としての懊悩や厳しく徹底的だったことは、ずっとあとで知った。ぼくらはみな落語を聞いて笑っていただけでよかったのだが....。枝雀さんが逝かれて落語界のお仲間だけでなく、ファンの喪失感はさぞ大きかっただろう、と推測する。それにしても、枝雀さんの落語はつくづく面白い落語でした。
 カバー表紙は写真とイラストの合成だが本文中の、さいわい徹さんの四コマ漫画がこの本のいのちになっている。本文に漫画がたくさんあって楽しい本になっているが、吹き出しのセリフはみな英語だ。構成は左に四コマ漫画、右側に会話の対訳となっている。カバー表紙の顔写真は、創元社のカメラマン村山清さん(じつは製作部長)と二人で何処だったかの劇場へ(忘れてしまったが)出向いて撮らせてもらった。リハーサル休憩中に控え室のある一角での撮影だった。村山さんがカメラを構え、笑う顔のポーズはぼくがキューをだす。「枝雀さん、いきますよ。ハイ、笑ってオーケー!」とやるのである。その度に枝雀さんに笑い顔のポーズをとってもらう。枝雀さんは「笑い顔」が上手い。何回かくり返し、それでご苦労様でしたと終了。「笑ってオーケー」というのはこの本のタイトルに付くサブである。なぜこんな羽目になったか思いだせないが、撮影を仕切るなんて!装幀家はいろいろな経験をしてしまうという、好例?。
 昨年、原さんと呑み屋で死後の魂のゆくえについての談義になった。かれはこんなことを言う人もいる、とことわって「死後の魂はいろいろな魂と混ざりあって一体化しまた別れる...」というのだった。してみると枝雀さんの魂はいったん滅してしまうことになる。いのちは「絶対一回性」と考えるぼくには合致するがちょっと残念な気もする。落語家[枝雀]さんは二度と無い、たとえ再生回帰のようにみえてもやはり「似て非なるもの」なのだろう。
●新書判変型、カバー装200頁。カバー袖コピーに「型破りの英会話本」とある。笑っているうちに英語をおぼえる、というわけだ。ぼくの装幀した数少ない芸能本のうちの一冊。橙色の見返しに青ペンでサインをしてもらった。[倉本修さん江 ありがとうございました 桂枝雀]とある。

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2009年3月14日 (土)

◎『鳥恋行(とりこひかう)』久我田鶴子第六歌集 2007年12月刊。

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 昨年4月、この歌集の出版記念会が神田神保町であった。ぼくも批評会から傍聴させてもらった。パネリストも含めて歌誌『地中海』のお仲間以外にも歌人の方は多士済々であった。幾人かの知己も居たりでその後の宴は楽しいものだったが、ぼくはもっぱら油モノのおつまみを避けて(太るからではなく病の事情から)飲み放題のアルコホルに集中していた。(飲み放題に弱いのは情けないけど...)
 今野寿美さんが批評会で言われたことが頭を巡っていた。話に前後があったとは思うが、要は...この歌集は最初の歌と最後の歌に尽きる...ということだった。いろいろな批評がでたあとでの明快な発言だった。第一歌『雪上につづく足跡ためらひのあとものこして倒木を越ゆ』と最終歌『しなひつよき筋の音してわが頭上かすめ過ぎゆく鴨の五、六羽』。穿ち読めてなるほどとぼくは思ったが今野さんは最後に、装幀が羨ましいです、と言われた。以前今野さんの装幀をした者にとって微妙な話だったが...。
 久我さんには以前からなぜか厳格なイメージがあって、何となくこちらの装幀の「構え」が違うのだった。そういう感触は装幀が堅くなりがちで、今度も逡巡があり、作業が遅れていた。そろそろ装幀に取りかかろうかと思っていた矢先、久我さんご自身に初めて、お会いすることがあった。其の日、上京して砂子屋さんに寄ったら「久我さんが来てるよ」と田村雅之さん。「えっ、(そんなに簡単に言うなよ...)」なぜかまずいなと思った。先入観から苦手意識があったせいか今日はこのまま新宿辺りで呑もうかな、とも。
 話は変わるが、ぼくにはスマスマならぬ[スナスナ]という言葉がある。[砂子屋さんと砂場に行く]ことである。「砂場」というのは近くのお蕎麦屋さん、じつは飲み屋さんを兼ねる。散々飲んでから仕上げに旨い蕎麦を頂く。大体、神田だと「松屋」「薮そば」「砂場」辺りにいく。たまに有名人と出っくわすこともある。ずっとまえ粟屋和雄さんと松屋で昼蕎麦を食べていたら田中康夫さん(政治家になる前)と相席になった。真ん前で釜あげを食べている「やすおちゃん」だ。
 其の日、久我さんと田村さんとぼくとで「砂場」で飲むことになった。最初はどうも、だったが焼きのりからはじまり、天ぷらや卵焼きや焼き鳥と進み、焼きのりのおかわりを頼む頃になってすっかりいい気分になってしまっていた。つまり、麦酒から酒に変わっていたわけで、三人ともすこし酔っぱらって最後にお蕎麦。久我さんにも長い酒に付き合っていただいたが、すっかりリラックスしていい気分で別れた。醒めてみると厳格なイメージはアルコホルで霧散してしまったようだ。あとがきに「沼の底にいて天井にはった氷を意識しているような日々」を過ごされたというが、田村さんと相談して『鳥恋行』装幀に関しては兎に角、あかるさを志向すべし、だった。ここで数首、『過去からの表情をしてひとりゐる子どもはわたしわたしの子供』ここは「トワイライトゾーン」を孕む自己確認がやさしいが『なま焼けの死体の山を見しのみにだれかれの顔蹴りたくなりぬ』ちょっとお、これはもろ刃の痛々しさ。『風は吹き雷鳴りてたちまちに猫降る犬降る 猪、熊も』超現実な絵草子の趣、またはダブルトーンの休息歌として面白う。
 とりあえず危機は去ったが「人は、肉体的にも精神的にもあやうさを抱えて生きている」とあとがきは続く。今野寿美さんの第一歌と最終歌の指摘はその「あやうさ」への美神ミューズの励ましか。『鳥恋行』一冊はこの二首に挟まれた「クガ・タズコサンドウィッチ」。それを頬ばったまま...次へと行くのですね。

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●A5判上製カバー装。216頁。カバーはマーメイド紙、図版に凸凹空押しあり、タイトルは墨つや箔押し。中身は2002〜2006年までの作者の「辛い時期」の作品。装画は「鳥の羽」。具象ではない抽象、鳥の羽が孤立してある意は、じつは妖しく瞑いことかも知れない。ただ繊細に、あくまで綺麗に、そして軽やかに!アブストラクトの本懐なり。
 久我さんとはたまにメールのやりとりをしています。実際は逆ですが、風貌ではなくどうしても久我さんが年上に思えてならないのはなぜ。....どうも失礼しました。

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2009年3月 4日 (水)

◎もうひとつの砂子屋書房。[弧琉球叢書]などの南島本。

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 砂子屋書房の南島書々、総頁数3768pは実際も内容も大変に重い。『宮古のフォークロア』N・ネフスキー著、『南島祭祀歌謡の研究』波照間永吉著、『沖縄久高島のイザイホー』湧上元雄他著、『南島歌謡論』玉城政実著、『沖縄芸能史概論』『沖縄の祭祀と民俗芸能の研究』大城學著、『ムイアニ由来記』『南島小景』崎山多美著、等々。四六判カバー裝からA5判、菊判函入りまで仕様はいろいろだが、いずれも編集者田村雅之さんの胆いりの本たち。
 『南島祭祀歌謡の研究』は著者十数年の調査研究、1128頁に及ぶ歌謡論の大集成。発端は赤坂憲雄さん、田場由美雄さん、田村雅之さんの三人が八重山の島々の夏の祭を調査にやって来たこと。そこでの約束だったらしい。あとがきで波照間さんは「大部な原稿を持ち込まれて田村さんは困惑なさったに違いない」と述懐されている。田村さんという人はぼくの知る限り「短気人?」の典型だが、この原稿待ちに関しては「長気人?」といえる。この本の校正のやりとりも相当スローで変則的だったらしい。書き手も受け取り手も、気長さが産み出した大書といえる。そもそも田村さんは赤坂憲雄さん『異人論序説』や梶木剛さんの『折口信夫の世界』など文化史研究、民俗学研究書の発行に積極的であった。以前から南島を訪れては自ら祭祀研究にも何度も参加されていたようだ。「ようだ」というのはいつ、誰と同行したかが分らないからで、たとえば吉本隆明さんや赤坂憲雄さんなど数人の人しかぼくには思い浮かばない。とにかく造詣は深いものだろうと推察するが「南島」は詩人として、編集者として田村さんの心根にインスパイアするものがあったのだ。酒は避(!)けられぬものとしていつも文化の中心にあるとぼくは思う。ご当地の泡盛や焼酎の凄さを田村さんは人一倍知っているだろうし、大和人(やまとんちゅう)の欠落を彼の「南島」は注がれる泡盛のように満たしてくれるのかも知れない。
 砂子屋書房の20周年記念パーティがお茶の水・山の上ホテルで開かれたとき沖縄からの来賓が謡曲と舞を披露された。ぼくは興味津々だったが宴もたけなわだったせいか場は騒がしく、散漫になり仕方なかった。砂子屋の粟屋和雄さんが呟いた「やまとんちゅうはダメだねえ」ぼくも「そうですねえ」と苦笑し合った。

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●[弧琉球叢書]の判型は一定していない。『宮古のフォークロア』は菊判カバーで本背継ぎ装、『南島祭祀歌謡の研究』は菊判函入りで『詩歌の琉球』は四六判等々。カバージャケットはアート紙も多いが装本の基本は「丈夫につくる」だから表紙本体などは布クロスやレザック系の堅紙でまとめている。いずれにしろ[弧琉球叢書]は詩歌書出版で名を馳せる砂子屋書房のもうひとつの顏です。

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