◎『鳥恋行(とりこひかう)』久我田鶴子第六歌集 2007年12月刊。
昨年4月、この歌集の出版記念会が神田神保町であった。ぼくも批評会から傍聴させてもらった。パネリストも含めて歌誌『地中海』のお仲間以外にも歌人の方は多士済々であった。幾人かの知己も居たりでその後の宴は楽しいものだったが、ぼくはもっぱら油モノのおつまみを避けて(太るからではなく病の事情から)飲み放題のアルコホルに集中していた。(飲み放題に弱いのは情けないけど...)
今野寿美さんが批評会で言われたことが頭を巡っていた。話に前後があったとは思うが、要は...この歌集は最初の歌と最後の歌に尽きる...ということだった。いろいろな批評がでたあとでの明快な発言だった。第一歌『雪上につづく足跡ためらひのあとものこして倒木を越ゆ』と最終歌『しなひつよき筋の音してわが頭上かすめ過ぎゆく鴨の五、六羽』。穿ち読めてなるほどとぼくは思ったが今野さんは最後に、装幀が羨ましいです、と言われた。以前今野さんの装幀をした者にとって微妙な話だったが...。
久我さんには以前からなぜか厳格なイメージがあって、何となくこちらの装幀の「構え」が違うのだった。そういう感触は装幀が堅くなりがちで、今度も逡巡があり、作業が遅れていた。そろそろ装幀に取りかかろうかと思っていた矢先、久我さんご自身に初めて、お会いすることがあった。其の日、上京して砂子屋さんに寄ったら「久我さんが来てるよ」と田村雅之さん。「えっ、(そんなに簡単に言うなよ...)」なぜかまずいなと思った。先入観から苦手意識があったせいか今日はこのまま新宿辺りで呑もうかな、とも。
話は変わるが、ぼくにはスマスマならぬ[スナスナ]という言葉がある。[砂子屋さんと砂場に行く]ことである。「砂場」というのは近くのお蕎麦屋さん、じつは飲み屋さんを兼ねる。散々飲んでから仕上げに旨い蕎麦を頂く。大体、神田だと「松屋」「薮そば」「砂場」辺りにいく。たまに有名人と出っくわすこともある。ずっとまえ粟屋和雄さんと松屋で昼蕎麦を食べていたら田中康夫さん(政治家になる前)と相席になった。真ん前で釜あげを食べている「やすおちゃん」だ。
其の日、久我さんと田村さんとぼくとで「砂場」で飲むことになった。最初はどうも、だったが焼きのりからはじまり、天ぷらや卵焼きや焼き鳥と進み、焼きのりのおかわりを頼む頃になってすっかりいい気分になってしまっていた。つまり、麦酒から酒に変わっていたわけで、三人ともすこし酔っぱらって最後にお蕎麦。久我さんにも長い酒に付き合っていただいたが、すっかりリラックスしていい気分で別れた。醒めてみると厳格なイメージはアルコホルで霧散してしまったようだ。あとがきに「沼の底にいて天井にはった氷を意識しているような日々」を過ごされたというが、田村さんと相談して『鳥恋行』装幀に関しては兎に角、あかるさを志向すべし、だった。ここで数首、『過去からの表情をしてひとりゐる子どもはわたしわたしの子供』ここは「トワイライトゾーン」を孕む自己確認がやさしいが『なま焼けの死体の山を見しのみにだれかれの顔蹴りたくなりぬ』ちょっとお、これはもろ刃の痛々しさ。『風は吹き雷鳴りてたちまちに猫降る犬降る 猪、熊も』超現実な絵草子の趣、またはダブルトーンの休息歌として面白う。
とりあえず危機は去ったが「人は、肉体的にも精神的にもあやうさを抱えて生きている」とあとがきは続く。今野寿美さんの第一歌と最終歌の指摘はその「あやうさ」への美神ミューズの励ましか。『鳥恋行』一冊はこの二首に挟まれた「クガ・タズコサンドウィッチ」。それを頬ばったまま...次へと行くのですね。
●A5判上製カバー装。216頁。カバーはマーメイド紙、図版に凸凹空押しあり、タイトルは墨つや箔押し。中身は2002〜2006年までの作者の「辛い時期」の作品。装画は「鳥の羽」。具象ではない抽象、鳥の羽が孤立してある意は、じつは妖しく瞑いことかも知れない。ただ繊細に、あくまで綺麗に、そして軽やかに!アブストラクトの本懐なり。
久我さんとはたまにメールのやりとりをしています。実際は逆ですが、風貌ではなくどうしても久我さんが年上に思えてならないのはなぜ。....どうも失礼しました。
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