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2009年2月 7日 (土)

○長征社という情熱

Boukyou

 長征社の主宰、市山隆次さんとは長いつきあいになった。83年に若一光司さんの文藝賞の受賞を祝う会が大阪であり二次会場で若一さんから紹介を受けた。「装幀事務所」の名刺を渡すと市山さんは「ほう、」と言った。「ほう、」というのは名刺に「装幀事務所」があったからだが「関西でめずらしい」と言われたことを憶えている。のちに大阪で岩波の編集者であり装幀家の田村義也さんに渡したときも同じ「ほう、」が返ってきた。ついで「デザイン事務所じゃないんですね」と微笑まれた。この名称はたぶん日本で一つしかないだろうという自負はあった。(それがどーしたの、と言われても仕様がないが)それじゃあデザイン事務所ではないのか?わたくしはデザイナーではないのか?「じつはそうなんです」という「装幀家とブックデザイナーの違い」は長くなるので、また後日。
 さて市山隆次さんだが最初の印象は眼がぎょろっとして太っ腹で海賊みたいだった。失礼な話だがとても出版社の人には見えなかった。今まで見たことのないタイプ、眼光するどい事件記者のようでもあった。後日、西中島南方という地下鉄の駅の近くの事務所に出かけた。新しいエッセイ集の件だった。大きな倉庫のようなワンルームがその海賊の住処(?)だった。段ボールの山と草野球用の野球のバットやミットが目立った。やはり変わった出版社だと思った。名著、北井一夫『新世界物語』で知る人ぞ知る版元だったがその当時は未だ発行本は少なくノンフィクションものでは関西随一になるのはずっと先のこと。ざっと思いつくだけで『ジンバブエ』『シベリアをわたる風』『議会という装置』『私は女』『がんばれコータ』『ジュンパ・ラギ』『陛下にヨロシク』『われら國民學校生』『上海ちゃんぽん』『少女宣言』『瀬戸内海底探査』『望郷のシンフォニー』『父・KOREA』『理想のゆくえ』『ジンバブエ・収穫の秋』『草とり草紙』『トランの国』『走れ藤村』『女・仕事』(順不同)等々…。どれもこれも広範な社会性を孕み人間味に富んだ興味深い本ばかりだ。この本の多くはぼくが装幀させてもらったが懐かしい思いが山ほど詰まっている。
 市山さんは「面白い」と感じた著者やテキストには無類のエネルギーを発揮する。装幀にもきびしい。校門圧死事件を扱った『少女15歳』などは喧々諤々ついに最後にはあらゆる画像はトルだった。質感の強い用紙に大きな墨箔の文字があるだけである。市山さんの強気が心配になったぐらいだ。多くのノンフィクション本はインパクトを求めてショッキングな写真や画像を前面に押し出す。市山さんは本文に写真を数多く入れるが、表紙やカバージャケットはシンプルなものを好む。装幀者はまずその骨太志向と対決しなければならない。市山さんと著者の付き合いも独特だが「喧嘩上等」がその主流にある。「う〜ん成るほど」と唸ることもあるが、「ちょっと違うんじゃないの」と思うこともある。つい部数について忠告してしまったり、装幀者の分をこえて言わずもがなのことだが言ってしまう。知らぬ間にシンパになってしまっている。市山さんの熱さは直球もあれば変化球もあるがかれの球を受けていると必ずしも決め球にならないこともわかる。だからどんどん先へいったのだろうと思う。
 長征社のファンは多い。それは出す本に魅力があるからである。ぼくの知る限り手弁当で編集に参加したいという編集者は一人や二人ではない。読者や編集者をこれ程惹きつける出版社もそうない。しかし、である。「経済」が阻む。どこの出版社もそれに苦慮していることを忘れてはならない。とくにベストセラーやロングセラーを持たない中小の規模だと企画を間違えると致命傷になる。長いこと装幀で関わったから理解できることも多いが、市山さんは人に負担を強いることの辛さでくたくたになっていたと思う。いかに「熱と理由」があろうとも各種圧力を受けるとムリがうまれる。市山さんが病を得るに及んで、全速で奔ってきた長征機関車はいまは停止している。
 長征社出版の魅力は「出したい本を出す」という単刀直入な態度にあると思う。そんなこと無茶だと大抵の人は言うが内心羨んでいるに違いない。それは出版の原点を内包しているからだ。単独だから出来る出版のかたちもあるのだろうし、ゲリラには社会の「撃鉄を起こし引き金をひく」というそれなりの役割がある。ちかごろ流行りの売れるタレント本などは笑止論外。何もかもベストセラー万歳ではないことは猫にでもわかることだニヤア。
 神戸元町のおでん屋で市山さんにご馳走になったことがある。鍋の中の煮詰まった具材は各々が長征社が出した本のようだなと思った。みな味つけは同じで色合いも似ているが口に含むとまったく味が違う。怒りや微笑みをもって、愛情を持って、いまの時代にこそ長征社を待望したい。

Moziiri

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