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2008年10月

2008年10月30日 (木)

◎ロルカ『ジプシー歌集』注釈  ◎ロルカ『ガルシア・ロルカの世界』1998年8/9月刊行

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 此の二冊の本は生誕100年記念ということで出版された。『ジプシー歌集』注釈は小海永二氏である。小海さんはH.ミショーの訳者として知られているがぼくは旧知である。ぼくの75年詩画集アンリミショー『魔法の国にて抄』の訳者でもある。横浜国立大のプロフェッサーだった頃、広尾だったか、お家を訪ねたこともあるが今もお元気なのであろうか...。
 スペインの吟遊詩人ロルカ『ジプシー歌集』についてたいへん売れた詩集ということ、スペイン全土でこれほど詩集が売れたことは無かったそうでグラナダやマドリッドでは多くの批評家の絶賛をうけた。その人気は普段、詩を読まない人々に巷で朗読されるほどだったが友人の画家ダリは「旧い形式」に縛られた「古い詩」だと痛烈だったそうである。ダリの影響もあってロルカの詩は変遷していくのだがこの本の巻末付録にロルカ自身の講演原稿があり『ジプシー歌集』の自作解説をしている。ダリほどではないが痛烈に批判したい[詩や詩人]はぼくにもあるが友人でもないから言えないなあ、やはり。ロルカの『ジプシー歌集』はボードレール『悪の華』とランボー『地獄の一季節』などと並び世界中に研究者を多く擁していると、あとがきにある。ぼくも3册とも研究とまではいかないがよく読んだくちである。
●A5判上製本。320頁の厚みを持つ。イラストはロルカ自身の素描を使った、金箔押しである。表紙はサンド、見返しはJフェルト。扉はカラーサンド、カバーはOKしろもの、いつもはマットな加工だったがこのときばかりは表面はグロスコートをしている。イスパニア叢書3。

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●赤い本(四六判ソフトカバー)は『ガルシア・ロルカの世界』イスパニア叢書2。32人の文章を3人の編者が編纂したもの。松永伍一さんやいまヒット中の時代小説家、佐伯泰英さんや女優の(故)岸田今日子さんらの文章もみえる。むろん小海さんも。やはりロルカは人気詩人ですね。帯に「ガルシア・ロルカは二度死んだ詩人であった。一度は彼自身の詩の中で死に、二度目は、スペインの内乱で、フランコ軍に処刑されて死んだ...」と寺山修司「黙示録のスペイン」からの抜粋がある。真っ赤な本にしたのはこのオビ原稿に刺激されたから...。ともかく「赤い本」にと。

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2008年10月29日 (水)

◎『D.H.ロレンス絵画作品集』河野哲二著[普及版]2004年9月刊行

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 大きなサイズ、全ページカラー版。デザイナーとしては「しんどかったあ〜」がホンネの たいへんな本でした。河野哲二さんの希望は「緑と赤」の使用、これは「ロレンスを表現するためのロレンス自身の色彩」だ。あとはすべておまかせということだった。カバーに使用した「タンポポ」と題される水彩画は最初見たときからこれを使おうと直感、ラフで見せたら編集の谷川豊さんも問題なしとのこと。密集したタンポポに立小便する男の絵だ。本文には見開き頁で村山槐多の油彩「尿する裸僧」を挿入。二枚の絵が向き合うこととなった。解説には、此の絵は信濃デッサン館蔵のもので館長の窪島誠一郎さんのご厚意による、とある。此処で窪島さんとロレンスがまさか結びつくとは思わなかった。ずっと前の筑摩書房の『父への手紙』に関わっていたぼくは「不思議」を感じないわけにはいかない。河野さんは二人の画家の共通点をたとえば「赤」という色彩で結ぶ。槐多は「世界は赤」といい、ロレンスは「神聖な生命」を感じるわけである。後期代表作『チャタレ−夫人の恋人』は有名だが「去勢された精神に衝撃を与える」ため猥褻語を盛ったとしても、これを「猥褻作品」と言うかね、とずっと思っていたが河野さんに話を伺ってさらに確信した。此の絵も本質的な「生命力」を、その陰翳を示唆していると...。ぼくも「ホモセクシャル」をテーマに素描表現して冊子の表紙を飾ったこともある。探せばあると思うが『四階』という詩の冊子。涸沢純平、阪本周三、大西隆志とぼくの四人。数冊で休刊にはなったが表紙はユーモラスで自分ではお気に入りだった、(けっして下品でない)男性器のドローイングである。(すこしデ・ク−ニングにタッチが似ているかも...)

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●B4判変型。400数ページ、背巾は45ミリもある角背本だ。組版の大石十三夫さんの後ろで、ああだこうだと言って仕上げたが迷いが不思議と無かった。大石さんも適確に写真を割り付けていく。いいコンビネーションワーク。写真図版も多く解像度にも粗密はあったがレイアウト自体スムーズな作業だった。表紙は黄色のスカーフマチエール紙、見返しはジャンフェルト赤、カバージャケットには暗赤色、暗緑色をふんだんに使っている。たいへんな本である。

◎『D.H.ロレンス絵画作品集』河野哲二著[豪華版]2004年9月刊行

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 もっとたいへんな本。羊皮を全面仕様。本金箔での三方金である。キラキラ、キラキラ、の中に二本のスピン入り。東京は並木製本の高橋正吉さんの製本。高橋さんのご厚意で本金箔になった。ラッキーだった。[豪華版]というがこういう稀覯本の仕事はやはりめったに出来ない仕事である。やはりラッキーだった。
●本文は[普及版]の抜き刷りを流用した。貼り奥付。関連書籍や関係図版など豊富でロレンス研究書の大労作だがそれもこれも河野先生の情熱の勝利と言える。京都での出版記念会は奥様をまじえて乾杯!乾杯!の連呼だった。

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◎『父への手紙』窪島誠一郎著[初版]1981年2月刊行

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 帯文に「実の父を求め歩いた幾年月。ついに探し当てたその人は....」とある。20年の親さがしの末、実の父親である作家水上勉さんに辿りつくまでの著者の不安や苦悩が綴られている...などといえば簡単過ぎる話だがそれは大変な道のりだったとぼくには想像出来る。育ての義父母へのこころの葛藤をこえて最後に淡々と書かれる父「ミズカミツトム」への手紙にぼくは乾いていく涙というものを感じた。20年そっくり、父への告白。あとがきにもあるようにこの本自体が「父への手紙」であるのだろう。
 事情は違うがぼくも父親というものを知らないで育ち、里子にだされた経験をもつ。ぼくが産まれるとすぐ父は亡くなったからだ。何度も戦地に駆り出されせっかく生きて帰ったのに、せっかく男子を授かったのに父はあっけなく死んだ。だから江東区深川木場という処は母は嫌いらしい。ぼくの生地はそのままかれの死地、ぼくの誕生はそのままかれの死だった。木材会社の父の同僚たちが葬儀をしてくれた。その折、乳飲み子を引き取ろうという近所の親しい人々に母は迷った。母は京都の親戚を頼ってよちよち歩きの姉だけを連れていこうと思ったらしい。当時の日本人社会ならあり得ることだったろう。母は女学校を出てすぐの独身時代から外地で郵便局員や雑誌記者などを経験しているいわゆる「職業婦人」だったから何としてでも職につきたかった。そのためにはぼくが足手まといだったのだろう。此んな子はいらないから夫を返して欲しいと思ったと、後で聞いた。泣ける話であるが、ぼくとしては怨まれても仕様のないことだった。いまは、おかげさまで、と言うしかない。悩んだあげく母はぼくも一緒に京都に連れていったが、京都市での里親制度(京都府知事蜷川虎三氏の時代)というのに「ぼく」を申し込んだ。いよいよ行く先が決まった時、母は泣いたが同時にファイトも湧いたそうだ。その辺りが「戦後昭和の女」の凄みというものだろう。そこにはか弱い後家などというイメージは微塵もない。猛然と怒り狂うドラゴン(ちょっと違うかも)の感じに近い?だろうか。ところで預けられた子どもたちはみなで5人(たぶん)ぐらいだった。ナカムラさんという家で一緒に寝起きするのだがなんか暑苦しい感じがあった。京都の色町に近い狭い路地にある一軒家だったと記憶する。まだ胃腸も未熟な子どもに堅いめしである。それやこれやで、おかげで離乳に失敗したと、あとで母から聞いた。失敗?このことはあとあとの生活に相当影響するのだが、長くなるのでまた別の機会にいたしましょう。ともかくその頃のどの家庭にもあったドラマチックな話は沢山あります。
●四六判上製本。カバー、扉に挿画。早熟なぼくの水彩画だが、たぶんその頃の筑摩書房製作部の誰かによる装本だと思う。中島かほるさんかも知れない。暫くお会いしてないが中島さんとは旧い仲で、いろいろなエピソードがこれまた満載だが。当時、筑摩製作部にはいろんなデザイナーがいて社内装幀の層が厚かった。。窪島さんのこの本のことを河野哲二さん(D.H.ロレンス本著者)からお聞きして慌てて探したが無い。今では失くしてしまった本の一冊であった。ネットでやっとみつけたがおそらく今では改編新版や続編がどこからか出ているに違いないと思うのだがその後をぼくは知らない。

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2008年10月 9日 (木)

◎『天使のささやき』植島啓司著 1993年発刊。

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 「宗教・陶酔・不思議の研究」とサブが付いている。ぼくにとっては懐かしく印象的な一冊だ。旧い本だがいまでも新品、キラキラしているジャケット(これにはちょっとした新発見があるが…)、ベルニ-ニの聖テレサのエクスタシーの表情が帯に隠れる下方にある。「色っぽい装幀」になったのはそれは植島さんが持って来た資料写真が「色っぽい」からでありテキストからすると自然なのだった。何冊もの洋書(数百点の写真)を編集者の落合祥尭さんから受け取った時「これは大変な仕事になる」と直感したが資料はそれなりに愉しめた。エロチックな写真も哲学的な写真もすべて自分で選ぶ。本文には200点以上の写真を挿入、本文フォーマットも数種用意したがまに合わずかなり変則的に変化していった。落合さんは編集者として印刷関係にも著者にも装幀者にも大変苦労された。そのストレスは大変だったろうと思う。巻末に写真図版の引用クレジットがある。著者撮影となっている数点のなかにぼくのバリ島で撮った写真もじつはある。挿入点数の多い仕事はたいへんだけど断るわけにはいかない。装幀という仕事はたんなる「表紙をつくる」などではけっしてないのだから...。 ベルニ-ニの「聖テレサの法悦」は彫刻作品として有名だが神秘学研究にも必ず聖テレサの名が出てくる。植島さんは宗教学者だ。これをジャケットに使って欲しいということは当然のなりゆきだった。植島さんは中沢新一さんらと東大三羽がらすと言うことを聞いていたので「おつき合いはどうですか」と聞いてみた。そんな話はしたくないねというサラリとした感じだったがこと競馬の話になると「生きている実感」「[賭け]ている時だけ生きている意味を感じる」などと熱が入るのだった。植島さんの競馬の成果であるマンションに落合さんと訪ねたこともある。「ほう~これが万馬券で~」と妙に感心した。関西大学の研究室よりうんと綺麗だった。ぼくはまったくばくち打ちではないし能力もゼロだ。だから一獲千金は羨ましくも大したものだと思うのである。 綺麗な本が苦労の末、出来た。もはや冬だった。近くの飲み屋に植島さんが案内してくれて落合さんと三人で乾杯した。ぼくへの本のサインに「愛をこめて」と書いてあった。じつに植島さんにしか似合わないキザキザ言葉だと思った。「よくこんな色っぽい装幀を~」とも言われたが植島さん、あなたこそ色っぽいですよね。 Honbun

●四六判上製本。カバー4色+タイトル金箔押し。スピンは黄色。まだコンピューターを使ってない時代の装幀だから文字はすべて写研の写植だ。アシスタントが当時何人か在たが切り貼りはすべて自分でやっていた。手仕事はまったく苦にならず嫌いじゃなかった。「これにはちょっとした新発見がある」と云ったがカバージャケットの用紙のシェルリンヘアラインはもともと、きら引きの紙でその上プレスコートという加工をしているから延々と「ひかる」のである。おそらく何十年の単位でひかり続けるだろうがこんな邪道を行なう無茶な装幀者はそういないのではと思う。すべてはコストに反映し版元を苦しめ、落合さんを困らせたのだった、と想像するが...。

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2008年10月 7日 (火)

◎前 登志夫歌集『流轉(るてん)』、『鳥總立(とぶさだて)』2002~2003年発刊。

Mae1 Mae06  先般亡くなられた前 登志夫さん。装幀については一つ一つ「少々お疲れのご様子」とか「優れた装幀に感謝」とか葉書をいただく。短くて明快な感想はさすが。先の何かのセミナーで前川佐重郎さんが前さんの代講をされた。それによると「たまに瓢と吉野の山から降りて酒をおおいに飲んで」帰られるとか。随分面白い人だったようだ。袖すり合うことはあったと思うが挨拶は交わしていない。ぼくは童顔なのでたいてい歳若くみられてしまう。あるとき栗木京子さんにお会いした時「こんなお若い方だったの」と言われてしまったが栗木さんよりぼくが歳上です。栗木さんだけでなく、まあいつものことですがちょっと挨拶は億劫になりがち、まあいいや、「老人らしい渋き装幀者」として生きるべきだろうね、神経痛だし。 『流轉』はイメージで勝負、『鳥總立』は思考で勝負。往々にして前者は綺麗であり人気があり後者ははて?となる。菊池信義さんの装幀、吉本隆明『マス・イメージ論』は後者装幀の成功例だろう。吉本さんも感心しておられた。カバーに「吉本」という印鑑が唯一の色ものとして小さく押してある。見事だが「美しい装幀」ではない「内容の映像」として印象的な傑作装幀といえる。また学んでしまった。

●二冊ともに菊判上製本カバー。A5より天が大きく風格の判型だがこの本の顔の大きさは独特だ。『流轉』は樹々を木口に映したようなイメージ。『鳥總立』は木こりの儀式、木口のうえの枝のイメージ。しかけがあって、赤金色の枝が浮き出しの凸版で盛り上がっている。写真で判るかどうか...。ダックスカーフという紙クロスをカバーに使用している。浮き出しは技術的に困難をともなう紙だがどーしても質感が欲しかった。質感のない何処かでみたようなイメージだけのいやな装幀が跋扈しているように思える今日この頃です。えっ、あんたもだって?そんな人にはノーコメント。 

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2008年10月 4日 (土)

◎‘96『麗』鹿井いつ子歌集 ‘99『十九世紀亭』加藤孝男歌集

Uraa19seiki_『架空荘園』と同型艦、いや同型本です。『架空荘園』は人気の高い判型です。表紙図案は鹿井さんのはモリスで加藤さんのはご自分が用意された旧麦酒のラベルです。カバーなしの表紙背つぎ。持ってみるとわかるがコンパクトでよく掌に馴染む。画一的なワンパターンが多い昨今の造本の中では、ある意味理想的な判型と思うがどうだろう。それこそハンドバックに入れて持ち歩いて喫茶店などで読んでいると、とてもオシャレだと思うが...。いや余計なことを言いましたね。

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◎紀野恵歌集 三冊。 1995~2004年発刊。

Kino02_2 ‘95『架空荘園』‘99『La Vacanza 』‘04『午後の音楽』。この三冊は背つぎ装本、判型ともに同じ、所謂同型本。「フムフムランドの桂冠詩人 キノメグミ」のネームでの序に「フムフムランドはつねに眼前に在り」とある。ふむふむ....。聞きしにまさる「美」へのラブレター、好きな一首。「花を看よわたくしを看よ希れなるや今生といふ春は希れなり」 そうとう以前に何かのパーテイでお会いした。『架空荘園』の装幀....「気に入っていますよ」とちいさな声で。『架空荘園』はMORIS、『La Vacanza 』はPULVIRENTI,『午後の音楽』はL’ART POUR TOUS、とすべて洋モノ。こういう本はことのほか花ぎれやスピン(栞)が大事だと思う。

●四六変型判、本背つぎ、カバーなし上製本。コパー箔やブルーメタル箔が新しい。

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