◎山中智恵子全歌集(上下巻)2007年5〜8月刊
「一片の氷心天河に在りてありはてぬ恋に死になむ 虚夢のごとしも」
山中さんはぼくにはその高みにおいて「到底理解不能なる歌人」に違いない。昔に遡のぼって、この大歌人の仕事に対して装幀を十数冊もどのように続けてこれたのかまったく思い出せない。薄氷踏むがごとき冷や汗のでる話である。
山中さんのことでは編集人の田村雅之さんはたいした発行人だと思う。田村さん自身のことはまた別の機会にゆずるがこの山中さんの全歌集こそ出版人田村雅之のいや、砂子屋書房の歌書出版のひとつの集大成といえるものだろう。そして...装幀者は肝にめいじなければならない、このような歌人と編集者に出会えた幸運と歓びを。
永田和宏さんの栞(下巻)の言葉を借りれば「とことん山中智恵子に付き合うという姿勢、最後まで付き合うという決意」「採算を度外視した事業」この反時流の言葉らは発行人冥利につきるこの上ない讃辞だ。砂子屋さんの内情をすこし知るぼくは企画本や全集が連続するとため息が出るほど経済がひっ迫することを知っている。だがそんなことをおくびにも出さないで酒を振舞ってくれるタムラ流がぼくは好きだ。
●上下巻ともに菊判函入り上製本。表紙、本背継ぎ装幀。山中さんは碧色が好きだった。黄土色は駄目。表紙の背部分は本クロスぞうげ色、ひら部分は濃紺の本クロス(理想の碧クロスはみな廃品となっていて、やむなくバクラムを使用)。背文字は墨つや箔押し。貼り函の図案は上巻「鳳凰・星・南天」文様。下巻「銅鏡面・鳥・散り花」文様。この写真ではすこし青いがほんとはもっと石灰色の細めエンボスの入った用紙だ。文様の箔は白金箔で特注のものである。ぼくとしても我が儘を通すしかなかった。上下巻合わせ1248頁の充実した全歌集。1頁10首組だから後ろの解説、解題、年譜を差し引いても、たいへんな歌の数だ。
亡くなられて、東京での「偲ぶ会」でどういうわけかスピーチがまわってきた。ぼくの京都での個展に山中さんが来てくれたときの話...終始黙しておられたこと、うっすらと笑みをたやさずおられたこと、そして歌人の方はほかに誰も来なかったことなどを話した。(そりゃあ案内送ってないのだから仕方ないのだし)
しかし「偲ぶ会」の帰りの新幹線では自分の山中装幀本を振り返って落ち込んでしまった。つくづく装幀は難しい、30年近くやってきてそう思うのである。本当の「装幀の怖さ」がわかる今日この頃です。
◎玲瓏の記(もゆらのき)2004年5月刊
「千年の歌のちぎりの嬉(うるは)しくはた虚しきを誰か知る」
後記に「たぶんこの集は私の最終歌集となると存じます」とある。どきとする17册目の山中歌集である。その最終頁の歌がこの歌。これは理解できる歌だがなにせ結句に「虚し」があるから厚かましくこちらも「虚し」くなってしまう。山中さんはもしかしたら「生まれ違い」なのか、数年前に三重の斎宮(さいくう)の地に何度も足を運んだが不思議な風水を感じたのはぼくだけか、資料館で山中さんの『斎宮史』を発見したが今思うとなんか虚しいです。
●この本は四六判函入り上製本。表紙は本背継ぎ装本。「星くずし」文様を拡大して函のひらにつやけし銀箔押し。用紙は徹底してキュリアスメタル紙を使った。紙と紙による背継ぎ。函のタイトルは濃紫の顔料箔押しだがこの写真では判別しにくい。この濃紫は山中さんも気に入ってくれたのではと思うがどうだろう。
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